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取材

■呉彤章先生へのヒアリング 
金山農民画の創始者への取材記録(2009年4月11日)  

―先生はどのように農民画家を育成されたのでしょうか?                          
 私は70年代に農民画の指導を始めました。最初は農民芸術の人材発掘から始めました。農民たちはもともと刺繍などに自分たちの美観を反映させてきました。ここで言う美観とは芸術的なものではなく、先祖代々自然に受け継いできた農民の美観という意味です。 その中の一握りのひとたち―伝統的な文化や民族の特色をよくとらえている人たちは、色彩や切り絵のセンスが抜群によかった。彼らは特別です。
                                 
 私は、初めに彼らに絵の構成だけは教えましたが、後は自由に描かせました。学校ではないのですから、特に方法はありません。 絵を描いているうちに画家の個性が現れてきますので、私はそれを発見し、褒めるようにしました。絵を習う画家たちは、自分がもっている芸術的な個性が何なのかわかっていない場合が多いのです。この点は他の専門的な絵画学習とは違う点ではないでしょうか。また、都会人は灰色などの中間色を好みますが、農民は赤や緑などはっきりした色を好みました。そうした画家に対して、私は特定の絵画方法を規定せず、それぞれの個性で自由に描かせました。これは非常に難しいことですよ。なぜなら、一方的に指導するのとは違いますから、指導する側にも一定のレベルが求められるのです。                
 
 こうした農民のセンスで描いた作品には、例えば目や鼻などディティールを描かない作品もあり、芸術や美術の専門家から見ると、価値のないものに見えるかもしれませんね。でも、農民画は総体的に見てほしいと思います。これは芸術とは別の考え方なのです。なぜなら、形はあまり重要ではなく、重要なのは意味なのです。東洋美術では人や動物の特性は形で表現しますが、農民画が独特なのは、理性ではなく感性で表現している点なのです。      
      
 昔の農民画家はそのように自然に身につけた感性で絵を描きました。個性や趣味、気持ちなどが混ざり合い、作品になったのです。これは重要なポイントで、指導員はそれを発見しなくてはいけません。つまり、指導員は農民個人を理解するだけではなく、その人の生活そのものもまた理解しなくていけないのです。農民は個性を出し切って絵を描き、指導員はその個性を見つけて育ててあげるのです。

 ―農民画の定義とは何でしょうか?                                           
 まず大切なのは郷土の雰囲気が感じられることですね。農民が生産するものは機械工が生産するものとは違います。野菜や果物、それは全て生命そのものです。例えば、櫻の花は人の感情を変えることができますが、高速道路は人の感情を変えることはできないでしょう。人は自然の一部なのです。                                                      
 2つ目は生活に根ざしたものであること。生活に根ざしたものでなければ意味がありません。               
 3つ目は民族伝統、4つ目は継承と発展です。文化は絶えず変化していくものですから、継承と発展が必要です。発展とはうわべだけではなく、民族文化の血が通ったものでなくてはなりません。

 ―これからの農民画はどうあるべきでしょうか?                                     
 あるがままにしておくのは少し違うと思っています。農民は専門の画家ではありませんから、自分の認識や芸術に対する認識には限界があります。必ず専門の指導員の指導を受けるべきでしょう。そしてその指導員には、農民の生活を理解し、伝統文化を愛することが求められます。
 伝統的な絵画方式に対する破壊と創造も必要でしょうが、農民画は農民画としての風格を保ち、洋画や水墨画とは違う特色を保ち続けるべきではないでしょうか。最近は油絵の農民画などもありますが、私は農民画は洋画のマネなどしなくていいと思っていますよ。               

(聞き手;コトータケヒコ)



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