漁民画とは


金山と杭州湾を隔てた沖合いに浮かぶ舟山諸島。ここには「漁民画」という民間芸術が存在します。力強く荒々しい漁民画。創作方法も少し金山農民画とは異なります。以下は日中友好会館で開催された舟山漁民画展の説明文からです。

 

舟山諸島について

浙江省舟山市は、東シナ海に位置する大小1390の島からなる中国最大の諸島です。四方を大海に囲まれ、古くより漁業が盛んな地域として有名です。

舟山の歴史を紐解くと、新石器時代には既に人類が島内で生活していたことがわかっています。時を経て、1953年には舟山市が成立し、「定海」「普陀」「岱山」「嵊泗」「象山」の5つの地区に区分されました。

現在は漁業のほか海運や塩業も発展し、また寧波と舟山を結ぶ大橋が完成したことで、上海から車で4時間で移動が可能となったことなどから、舟山は今後ますます発展を遂げるでしょう。

舟山の島民たちは、荒い大海に囲まれた環境の中で培われた「大海のように豪快で情熱的」。「強靭な体力を持ち、荒っぽい」と言われる性格が特徴とされ、それを反映する独特な文化を築いてきました。

 

舟山漁民画について

漁業を生業としてきた島民(漁民)が、家庭で自由に描いていた絵が「漁民画」という名称で発展の途を歩み始めたのは、1980年代初頭でした。画家の多くは漁師とその家族たちで、漁船では網を引き、港では干物を作る、網を整える、といった作業の傍らで描いていました。

1983年、浙江省群衆美術工作会議が、画家たちに漁民画クラスを開講しました。これは描画の技術を細かく指導するのではなく、感情の表現、色彩感覚、個性を自由に表現できることを目的にしたもので、次第に舟山の漁民画は発展していきました。

1987年に舟山漁民画は、国立中国美術館で展覧会を開催したのを皮切りに、数々の展覧会で入賞し、舟山の4地区(定海、普陀、岱山嵊泗)は文化部によって「中国現代民間絵画の郷」と認定されました。

漁民画には、漁民たちが暮らしの中で自然に培ってきた、独特な色彩感覚と美観がそのまま表れています。画材は画用紙に水彩絵の具のみで、様々な色を使って、遠近法のないベタ塗りをしています。

内容はほとんどが生活に密着したもので、量の様子、海での暮らし、言い伝えといった、画家が毎日見聞きするものをありのままに描いてあり、彼らの暮らしぶりが良く分かります。

時に見られる誇張的な表現や奇抜な抽象表現も、彼らにとっては気持ちの赴くまま、頭に浮かんだことを素直に描いた絵ですが、それこそが土着の民間絵画が生み出す最大の魅力といえるでしょう。

年轻人(江强兴)
 
拷网(王友良)                       东海龙王(马绍洪)
 
海蜒旺季(吴小飞)                   海洋节(俞世祥)
 



漁民画の画家たち

舟山諸島は「定海」「普陀」「岱山」「嵊泗」の4つの地区に大きく分けられ、それぞれが「中国民間絵画の郷」として登録されています。現在漁民画は各地区に20-30名ほど、合わせて100名ほどの漁民画家がいると言われています。

皆アマチュアで、それぞれ他に仕事を持っており、専業漁師とその家族のほかにも様々な職業の島民が画家として活動しています。画家たちは開始時期、経験年数によって第1〜4世代に分かれ、1980年代初頭から描いている第一世代の画家たちは、自分の創作の傍ら、後進の指導育成にも力を注いでいます。

 
 

以上は説明文からでしたが、年代的にも制作方法的にもピーンときたので調べてみたところ、やはり文中に登場する「浙江省群衆美術工作会議」は漁民画クラス開講前に、定海区文化館のメンバーを上海へ派遣し金山農民画の創作方法を学習していました。つまり「漁民画」は金山農民画の影響を受けて開発されたアートで、いわば妹的な存在なんですね。83年6月には関係者で集中創作、7月には市群芸館で第一回全市漁民画作品加工班創設,8月には全省コンテストに参加・・・すごい勢いで画家が育成されたようです。いずれ機会があれば舟山に足を運んでみようと思います。

                                           (文責:コトータケヒコ)


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